チンチロリンというシステムから感じる人間の不合理さ

 2つのサイコロを振り、その目の和によってハイボールの量と値段が変動する「チンチロリンハイボール」という商品。最近居酒屋で目にするようになってきました。

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 そもそもこいつは得なのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 話を簡単にするために、価格に以下の仮定を置きましょう。

  • 通常の注文した場合…300円
  • 和が偶数でかつゾロ目でない時…150円
  • 和が奇数の時…600円
  • ゾロ目の時…0円

 

 

 

 

 

 

 

 それぞれの事象の確率は

  • 和が偶数でかつゾロ目でない確率…1/3
  • 和が奇数になる確率…1/2
  • ゾロ目になる確率…1/6

 

 

 

 

 

 

 

 

 この価格の仮定の下では、期待値を求めるまでもなく損ですね。1/2の確率で倍額になるのであれば、1/2の確率で0円にならなければ支払額の期待値が通常時の価格以下になることはありませんから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 でも、多くの居酒屋はこんなことはしません。奇数だった時、値段とともに量も倍にするのです。これによって単位量あたりの価格は通常時と同じになり、「チンチロリン」をすることによって、お得になった気がするのです。確かに量で考えれば得です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、飲んだお酒をカウントする時、杯数以外でカウントする人がどこにいましょうか。奇数を出すという罪を犯した方はおそらく、偶数を出した人と同時に次の注文を繰り出します。原価なんて大した差はありませんから、実質最初のケースとほぼ同じような状況になるのです。これでは居酒屋の思う壺です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが、それでいい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 実際は、そんな期待値なんてものはどうでもいい。みんなで楽しくサイコロを振って結果で盛り上がる。話のネタになる。そこに価値があると思います。人間は期待値を基準に行動していません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 思い返せば自分もそうでした。ヤフオクで買えば明らかに安く手に入る遊戯王カードをわざわざパックを剥いて手に入れようとしていました。当時、パックを開ける楽しみのために、月500円のお小遣いの中から150円を捻出し近くのデパートに赴いていました。

 

 

 

 この月収の30%を遊戯王カードにつぎ込むという鬼畜の所業。彼の脳は遊戯王カードのパックに支配され、まともな判断を下すことができなくなっていました。もちろん、この少年のパックの開けるワクワク感はもはや期待値といった指標で測り知ることはできません。そもそもこの小学生のガキは期待値という概念を知りません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 皆さんもそうでしょう。利益の期待値が負なのにも拘らずパチンコを打ち、場代を払ってまで麻雀をします。確かに利益の期待値が行動の基準にはなっていないですよね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 宝くじだってそう。あんなに還元率が低い籤を誰が買うんですか。それでも宝くじは毎年たくさん売れています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 皆さんはクレーンゲームの景品をわざわざメルカリとかで買いますか?あのアームを動かすワクワク感と、商品をとった時の喜びのために100円玉を無心に突っ込むんですよね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちなみに私は

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

買います。