「合格体験記」というものが何よりも嫌いだった。

 丁度ネタが切れたところで、今週のお題が入荷されました。

 今回のお題は「受験」だそうです。

 

 

 

 

 受験の思い出と言えば教師らがうざかったくらいです。(高二病)

 

 

 

 

 私は成功談まみれの受験体験みたいな文章が嫌いです。試験に合格した悦楽に浸って他人に実力を衒いたくなる気持ちはわからなくもありませんが、「受験」がお題になったところでそういう類の文を書く気にはなりません。

 

 

 というわけで、今回は合格体験記を只管disっていきます。

 

 

 

 

 

 

 多くの人が受験を経験していると思います。恐らく殆どの人は「合格体験記」という汚物を人生で一度は目にしていると思います。

 

 

 私が合格体験記という産廃を最初に目にしてしまったのは中3の時です。新聞にに付随していた学習塾の広告で、第一志望の高校に受かった人がドヤっていました。ひねくれものの私は単純に「こいつうざいな」と思いました。
 因みにこの時、金輪際塾に通わないことを誓いました。

 

 

 

 次に遭遇してしまったのは高校のときでした。しかも1年2年3年、それぞれの4月に配られるという定期講読状態。洗脳です。
 感想文の提出を課題として要求されたので仕方なく読んでみたのですが、「部活との両立を…」「授業の予習復習を…」「先輩の合格体験記を真似して…」「最後まで諦めずに…」といった安っぽい内容の文章が並んでいました。駄菓子屋の商品を見ている気分でした。きっと受験に勝利し、脳内がドーパミンに満ち溢れた状態で書いていたのでしょう。抽象的なことしか書いてありません。

 

 

 

 

 

 

 そもそも、これって参考になるんですか。合格体験記を読んでいる人は、書いた人とは色々と状況が異なるはずです。生まれも、育ちも、家族構成も、趣味も、性格も、悩みも、現在の学力も、各種スキルも…。同じなのは出身高校と生物学上の分類くらいです。そんな''他人''の合格体験記を読んで意味はあるのでしょうか。そもそも、「合格体験記に書いてることを参考にして落ちた人間がいない」という保証など、どこにもありません。不合格者に目もくれずに、(たまたま)受かった人たちのデータのみを参考にすることは非常に危険だとも思います。

 

 

 

 

 書く側もそうです。こんなものを書く意味はあるのでしょうか。あなたが手探りでやってきた勉強法が偶然ヒットし合格という結果が出ましたが、n=1のクソデータが誰かの参考になるとでも思っているのでしょうか。単なるマス◯ーベーションではないのでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、真の黒幕は書いた人でも読んだ人でもないと思います。

 

 

 

 

 書かせている人たちです。彼らは図書カードという現金の完全劣化品をエサにして、文を書かせてきます。しかしみなさんは図書カードごときに靡いてはいけません。

 

 

 

 合格体験記は、学校や塾からすれば新入生を感化させるのためにもってこいのツールです。何故なら書いている人が同じ学校の先輩、塾の先輩など身近な人物だからです。しかし、身近以外なんの共通項もありません。習熟度が同じなんてのは奇跡に近いと思います。受験において殆どの学校は、既合格者の出身校の人間を優遇したり、特定の部活の人間を優遇したりしません。勘違いしないように気をつけましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 これ以上続けても意味がないことに気づいたので、合格体験記を謗るのは終わりにします。お疲れ様でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私が、合格体験記を参考にするという風潮が嫌いだったので、このような駄文を認めてしまいました。読んでプラスになると思う人は読めばいいし、そうでない人は読まなければいいと思います。畢竟、この記事は私の単なるマス◯ーベーションでした。

 

 

 

 

 

 

 合格体験記について間違いなく言えるのは、クソ記事を糞尿の如く撒き散らすこのブログよりはまともなことが書いてあるということくらいです。以上です。